追憶のツインソウル~死別を生きる~

最愛の人との死別から三年後不思議な出会いがありました。その人は愛する彼女を十六年守り切って見送った人。死別経験が人生の分岐点になってからの想い、綴っていきます

ツインソウルという名の指針

失う、ということに人はどうしても恐怖感を無意識のうちで恐れになるものです。

ある日私がいつものように仕事帰りに電車を待っていたとき、反対側の電車に飲み会に行く為に彼が乗り合わせている姿が見えました。

その実況を二人でしていたのですが、そのときふっと、ああ、彼は私とは別な人生を行くんだな・・という離別の予感がしたのです。

お互い別れるとか、体調悪いとか死の予感は全くしない幸せな日々を過ごしていたのにも関わらず、何故か彼と一緒にいられる時間が残りわずかなんだという感覚がたまにありました。

その時は彼がいなくなったらという想像ゆえの意識だと思っていましたが、やっぱりどこかで持病のある彼の心配と、たいそう甘やかされて暮らしていた彼への依存心が喪失の恐怖を生み出してしまっていたのかもしれません。

彼がいなくなってから深く考え求めるようになりました。

葉っぱ一枚の中に、虫一匹の中に答えがないかと見ていました。

答えとは人生、愛、神、生、死。

スピリチュアルという括りをされていますが、それらは人間の本質、原点に還る学びなんじゃないか、と考えるようになりました。

その日々の中で一人のメンターに出会ってから、私の人生と思考は変化を遂げていき、考え求めることがいかに大切かという気づきを与えて頂きました。

そのメンターがある日言った「おまえが俺のツインソウルかもしれないしな」

初めてそこでツインソウルという言葉に触れたのです。

何の知識もなく、ネットで検索する最初の頃はなんてロマンチックな理想のカップル像が存在するんでしょう!とまるで少女漫画を読んでる感覚になったのを覚えております。

ところがどっこい・・ですよ、過ぎてみた今は。

まぁ、その話は追々繋げていくしかないくらいに入り組んでいます。

一つ言えることは、ツインソウルという名の愛の指針を学んだら、死別より辛く悲しい思いから逃れられないということです。

死別よりも辛い悲哀。

失った者は得ることが出来る、けれどそれはお伽話のような幸せや喜びばかりのものではないという事実に、時が過ぎたこうした今も圧倒されています。