追憶のツインソウル~死別を生きる~

最愛の人との死別から三年後不思議な出会いがありました。その人は愛する彼女を十六年守り切って見送った人。死別経験が人生の分岐点になってからの想い、綴っていきます

死に別れ、生き別れ。

こんばんは。明日は台風がやってまいります。

地球が生きてる証拠で、なんやかんや毎年台風情報をテレビで観ると、まだ台風が育つくらいに地球もまだ頑張っているんだなとどこか安心したりしてます。

それはそうと、私はテレビがあまり好きではありません。

テレビの音が私にはどうにも耳障りなもので、他の人が普通の音量にしているにも関わらず聞くに耐えないくらいの騒音のように聞こえてしまいます。

そんな私が死別後一日中テレビをつけていました。

寝ても覚めてもずっと一人の部屋で聞こえるのはテレビの中の人達の声だけ。

夜中目を覚ますと、誰かの話し声がする。

ああ、あの人が帰って来たんだ!と喜び勇んで飛び起きても、そこにはテレビの中の話し声だけ。

例え寝ていてもわかってはいるんです。あの人じゃないってことを。

ただ、そんな万が一の間違いを・・もしかしたら万が一。

それを疑似体験したかっただけなのかもしれません。

孤独の只中にいるとき、電波に乗って流れてくる人の声にあんなに癒してもらった経験もまた生まれて初めてでした。

もう今は亡くなった人が映像で流れる不思議さも、記憶の中では何も変わらず生きて動いているあの人も、何も違いはなくて。

生きているのにもう二度と会うことのないであろうという辛い別れもある。

無理矢理その存在を忘却の彼方に押しやる苦しみは、死別のそれとはまるで異質なものがある。

死に別れ、生き別れ。

お月さんに向かって、おーい元気かーいとあの人に手を振る私は、遠く離れてなかなか会えずにいた彼が存命の頃よりもいつの間にか明るくなっていたことに気づき、悲しみとは違う涙に少し戸惑っていました。